萬狂言
能舞台鏡板に描かれた老松若竹を背景に、おおらかな梅文様肩衣をまとった萬斎が登場、時はまさに梅の頃「なかなか」と思わせる3月5日、北九州芸術劇場での「穏狸」だ。
松竹梅のめでたさに負けぬ晴れやかな表情の萬斎は、やはり旬の役者なのだろう。常の能楽堂と違い、現代建築の中規模劇場を満席にしているのは若い女性が中心だ。「電光掲示狂言」など劇場狂言で、既成概念を打ち破る仕掛けを施しつつ、現代人に狂言を理解してもらおうとする試みは有効なようだ。 以前は多少聞きとりづらい口跡が気になったが、それも今はなく、観客と身丈のそろった世界を展開し、笑いを誘う空気を醸し出していた。
後半の「六地蔵」、万作のすっぱ(詐欺師)と万之介の田舎者、欺し欺される二人が演じる愚直なまでの真剣さが、より滑稽であり臨場感を高める。さすがの兄弟二人。
仏師と偽ったすっぱが仲間を地蔵に仕立てるが三体しかなく、舞台狭しと駆け回って六地蔵あるかの如く欺して大金を得ようとする演目、観客は大いに笑い楽しんでいた。経巻や錫杖を持ち変えるだけで変身する三人の地蔵すっぱは小悪党らしく単純におかしい。が、ドタバタ場面だけに摺足の足運びはもっと確かにきめて欲しかった。
能と異なり狂言はほとんどが面をつけずに演じられる。せりふも写実的なら、顔も感情の起伏をそのままに表し直接的だ。しかし、この日の万作はあたかも面の如く、終始表情が一定、「したたかなおかしみ」に満ちていた。思索の狂言師、のように言われ知的なイメージが強い万作だったが、年を経る中で「知」の傍にある「欺」を軽妙酒脱にみせてくれた。
萬斎の快演、万作の怪演ともに満喫しつつ、政の方々にも腹芸伝授してくれないかしら、と思った一夜である。
築城則子・染織家
2008年3月14日
朝日新聞夕刊 掲載